自分の基準って何だろう

自分の基準って何だろう

みなさんは、何かを決めるときに何を基準にしていますか?

自分がやりたいと思えることを基準にする人
身近な人に喜んでもらえることを基準にする人
世の中の常識を基準にする人
世界75億の人が納得できるかを基準にする人

人それぞれ違うと思いますが、
その自分の判断基準にどこまで確信をもてているでしょうか?

以前の私は何でも自分で決めてきたと思っていました。

その基準は自分がワクワクできるかどうか?

しかし、32歳のとき、その判断に疑問をもつようになったのです。

ワクワクするというのも、感情的なものなので、不安定で条件によってすぐ変化していまいます。
なので継続的にその意志を貫く事が難しいのです。

理想を想い描いて、直感的にこれだ!出来る!

と思って飛び込んだ会社。

個人の技術や能力は向上しますが、
そこで一緒に働く人や、会社の方向性かか変わったとたん、
判断が他人軸になってブレてしまうのです。

いろんな意見があって、いろんな課題も出てくる。

何が良いか分からなくなるんです。

自分の感性やセンスを活かして、デザインやカフェ、着物の仕事などいろいろやってきたのですが、ワクワクが続かないんです。

実は自分で決めてきたと思っていたことも、環境によって条件反射で決めていたんです。

わたしのワクワクするその条件とは、
自分の可能性を引き出してくれる環境。

もっとシンプルにいうと
自分の存在価値を感じられるかどうか』です。

なので、その条件が満たされていたらワクワクするし、
逆に満たされない、又は存在価値を感じられないような
状況にぶち当たった時にはその環境から消えてしまいたくなるのです。

例えば、自分より優れた後輩が入ってきたとか、
面倒な仕事ばかり回されて、手柄を他人にとられるとか
失敗ばかりつづいて、迷惑かけてしまったとか

そこから、

わたし、ここにいる意味ないんじゃないかな?
わたし、必要とされてない?
わたしここにいたら自分がダメになる。

そして、また、新たに自分の存在価値を感じられそうな環境へと
ヤドカリのように職を点々としていくのです。

それが悪いこととは思いませんが、
環境の条件によって、上がったり下がったり、
他人軸で人生の選択をし続けることが
実はかなりの不安と恐怖、諦めを蓄積していたんです。

そして、その原因がなんだったかというと。

当たり前といえば当たり前。

自分が何者であるかということを知らない
という結論にいたったのです。

もしかしたら、哲学的によく聴く言葉かもしれませんが、

この問いに自らの人生を通して出会えたことは本当に良かったと思います。

そもそも、それを知らずに、何を基準にして判断すればいいのでしょうか?

みなさんは自分が何者であるかという問いに
向き合った事がありますか?

一度、この問いにつかまったらやばいんですね〜

全てがこの問いを解かない限り始まらないと気付くのです。

そうすると、答えがわからず、諦めて虚無になるか?
それとも、答えを追求して、どんどん本質的なことに興味がいくか?

早かれ遅かれ、これは誰もが出会うべき質問であり、
答えだと思います。

なぜなら、その答えを人類が追求して多様な学問が生まれ、今の私達があるからです。

私は、その答えに出会うことができました。

ある大きなショックな事がきっかけでした。

そのことについてはマイストーリーにかいてますので、ご覧ください。

そして、その答えを誰もが知る事が出来るように学問体系化され、それを活用する技術をしてここ日本で完成できたからです。

その技術である、nTech 認識技術について、興味ある方はコチラご覧ください。