もしあなたが授業を創るとしたら?

もしあなたが授業を創るとしたら?

今回の問いとの出会い

『もしあなたが授業を一つ創るとしたら、どんな授業を創りたいですか?』

先日、あるイベントでこんなテーマでディスカッションする機会がありました。
みなさんだったらこの質問に対してどんなふうに答えるでしょうか?

私が出した答は

『誰とでも仲良くなれる人を創る授業』

でした。

いつでも、どこでも、誰とでも 仲良くなる為の授業。

そんな授業が毎日行われるということです。

何かを意思決定する時の優先順位、判断基準が
人といかに仲良くなれるかになります。

テストの評価も歴史解析する時も
全てのそ観点で整理していきます。

その共通認識がある大前提で、先生も生徒もその授業に関わる全ての人のエネルギーが
人と仲良くなるゴールに向かって 一方向に流れていきます。

そうした時に
それが出来ない場面に沢山出会うことになるでしょう。
大前提が仲良くなる為なので、
その通りにいってないと認識し途端 大事件です。
問題となってしまします。

なので、

なぜそうなるのかの原因追求


そうならない為にはどうすればいいのかなど、

その為の意見交換や、研究開発が活発になり、
アイデアやクリエイティブがどんどん生まれていくのではないかと
妄想が止まらなくなってしましました。

喧嘩していたとしても
喧嘩する大前提やその目的が仲良くなるためだとしたら?
周りはそれをどう受けとめて関わっていくようになるでしょう?

もしこれが誰でも得ることが出来るように
技術や商品として開発ができたら
戦争は無くなるだろうし 自殺や殺人事件 鬱 などふっと浮かぶ
多様な世の中の問題が解決していくんじゃないでしょうか?

なんて、単純すぎでしょうか?

でも、実はそんなシンプルなことを、
凄く複雑にしてしまうのが人間なんだと思うのです。

もしこの授業を現実化するとしたら
何が一番必要になるでしょうか?

一番始めの 

大前提を共通にすること

が必要になります。

逆にいえば
ビジョンが同じでも 一人一人の大前提が違い
不揃いの状態で それに気づかず 同じビジョンに向かっていたとしても
どんどんズレが生じて、上手くいかなくなっていきます。

実際に世の中の上手くいかない理由として
大前提が共通にとれないということだと思います。

さらに具体的にいうと

仲良くなるという目的に対して合意が取れたとしても
人それぞれに仲良くなるイメージも違えば
経験やそれに対しての感情のも違います。

そもそもの大前提として

人間の脳は違いを取ることが大好き

です。

違いから共通はうまれません。

まずは、そのことを知らないということを共通の課題として
持つ必要があると思います。

出発の課題が共通になればそれと逆に向かい
自然とそれを解決していく流れ、方向性が決まります。

私がこの授業を創るときがきたら
初めの授業で、質問をひとつ投げて見たいとおいます。

『なぜ人間は誰とでも仲良くできないのでしょうか?』

この質問を通して人間の本質的課題を明確にしていく作業をしたいと思います。

といっても、気になりますよね?
その人間の本質的課題を
脳の癖と判断基準の問題として整理してるものがあるので、興味ある方はこちらをご覧ください。