完璧主義から自由になるには?その③

完璧主義から自由になるには?その③

前回の完璧主義から自由になるには?その②の続き

前回、人間の概念が体の範囲である以上、常に足りない、出来ない、分らないという
自己否定感、無価値感から自由になれないとお伝えしました。

一般的には、人間、自分といった時に、自分の体の範囲を自分、人間だと共通認識になっていますよね。
その①でもお伝えしたように、人間は未熟な為、一人では生きていけず、常に何かに依存するしかないのです。

依存というとマイナスなイメージが来ると思うのですが、それは、人間の一部分を人間と認識しているからなのです。

真実の人間は全ての境界線がない、すべての境界線を生み出す、動きそのものなのです。
全部がア繋がったひとつの自分なのです。

その共通土台をもつこと、宇宙自然、歴史文明と繋がった、全体の自分にアイデンティティが大きく革命が起こった時に
全て満たされた自分ですから、足りないではなく、与えるしかなくなるのです。

そして、その満たされる感覚も足りない感覚もない。一切皆空。オールゼロ化が起こった時に
執着する主体も対象もない。不安も恐怖もない。

無から有を観る感覚。でこの現実を結びなおすことができるのです。

nTechは有を無にして、無を有にするその動きの仕組みを理解し、現実を今ここ、創ったり壊したりすることができます。
なので、心はいつも軽く、自由です。

奪われることがないので、守ることまない。
無くなることもないので、執着する事もない。

いつもスッキリ。 なにももたない。おもてなしの心の状態で生きる事が出来るのです。

実はそれが本当の意味での完璧になるということでもあるのです。

次回はその完璧な自分が何故、わざわざ未熟な自分を創る必要があるのかをお伝えしたいと思います。