怒りという感情。

怒りという感情。

皆さんは感情にどんなイメージがありますか?

私にとってはほんとに厄介なものでした。
以前は。。。

小学校4年生の担任が、おじいちゃん先生で、男子に依怙贔屓して、いわゆる優等生や元気で明るい子供が好きな先生でした。

私といったら、授業中、自分の妄想ばかりしていたので、内容をさっぱり聞いていませんでした。家で勉強することもしらなかったし、暗記がとにかく苦手でした。

ある時、先生に当てられて、チンプンカンプンなことを答えたみたいで、
先生は、そんな私に、

『お前は、パ〜子か??』と一言。

それを聞いた周りの生徒は笑い出し。

私は凄くバカにされた感じがして、
恥ずかしくて、悔しくて、惨めで。。。

それから実家の縁側で、そのことを思い出しながら、バカにされた先生に対する怒りの感情を
どう処理していいか分らず、自分の髪の毛を引きちぎっていました。

といっても、これは後にセッションをした時に思い出したシーンでした。
子供の頃の記憶なので、断片的ではありますが、そのシーンは鮮明に覚えています。

そして、その時に私は大きな決断をしたんです。
怒りの感情は自分を苦しめるだけで、その時私を苦しめた先生には何の影響も与えれない。
何もいいことがない。

だったら、こんな感情、無くしてしまえと。
怒りの感情を意図的に切った記憶があるのです。

相当悔しかったんでしょうね。

だからといって、
誰かに相談もできず、表現もできず、どうにも出来ない。。。

一見コントロールできて、良いことのように思うかも知れませんが、

正確に言うと、その時、何をしたかというと、怒りの感情の出口に麻酔をかけ感じないようにしたり、感情を表現することをバカにしたりダメなものだと、小さな子供を躾るようにいいきかせていました。

でも、感情の一部のを切り離して無くすなんでことは、本当は出来ません。
怒りや悲しみ、喜び、愛しさなど、感情には境界線はないのです。

感情はエネルギーでもあるので、生きる原動力になるものです。

感情に蓋をしてしまうと、全てが無機質で意味の無い物に感じ、ただ機械のように動いているという感覚になってしまいます。虚無感が根底にず〜っとあるのです。

だからだと思うのですが、その反面、怒りや感情を爆発させたいという欲求もあり、
ヤクザ映画が好きでした。それを観て疑似体験をしてたんだと思います。

なので、何か人生かけて熱中できるものが欲しいと、探していました。
意識では熱くなりたい!!と思っていても、子供の頃の決断がブレーキになって、
何か辛いことが起きても、マイナス感情にオートでブロックし切迫感や懇切さを感じれなくなって、平和ボケのように、のんびりしていますのです。

モチベーションが維持できないことに悩んでいました。

その理由をセッションで整理した時に理解納得ができ、マイナス感情を感じることの恐怖から自由になれた時に、感情そのものと本気で出会うことが出来ました。

マイナス感情を味わうことができるようになってから、表面的な関係ではなく、相手の涙を感じ、人類の涙やその地域の涙、日本、歴史の涙を感じることができるようになり、
その涙を癒し、さらに解決したいという、エモーションが自分の深いところから湧いてくる様になったのです。

感情が論理を邪魔するものだと思っていましたが、全く逆で、自らエネルギーを生み出し、
そのエネルギーが頭にも循環するので、論理もシャープになるし、集中力も起きます。

現代、日本人は感情も論理も使えなくなってきています。

抑えて、我慢する習慣が当たり前になっているので、そのエネルギーが攻撃や破壊に向かう事件が出てきています。

事件を起こした個人は、結果でしかありません。その結果が生まれた背景にはちゃんと理由があるのです。私達も、同じ状況、環境の中にいたとしら、どうなってるか分りません。

人間の感情の源をアルゴリズムで理解し、アルゴリズムで生成していくそんなこともできる技術がnTechです。

まずは自分の感情のアルゴリズムを発見するセッションがありますので興味ある方はコチラをご覧ください。